No 1 info

This work is a thing to have drawn the scene of Osaka. Osaka prospered as a town of commerce because it was near from Kyoto that was the center of Japan in old times. Therefore, people in this district are glib. It has the dialect with high aggressiveness known most in Japan named Osaka dialect. It is said that the stone actually flies if you said the word "The stone flies". So, Osaka is a heartland of the comedy of Japan.
The showplace in Osaka is a lot. Tower in Osaka castle/Tsutenkaku/ "The Tower of the Sun,"(1970/Taro Okamoto).....etc.
The meanings of " Godairiki " are five great bodhisattva who defend Japan. Literal translation:"Five Great Power" It was used a lot as magic because of reaching of the letter in Edo period safely. After the letter is shut, it is written "Godairiki". Moreover, it would write, "Godairiki" in personal belongings by the woman, and come to assume the proof of the virtue to the man.
The meaning of " Tenbeni " is red color painted on the upper part of the letter from the YU-JYO (prostitute). Literal translation:"heaven(top edge) red(lip rouge)"
This works have more info+concept. Only Japanese. Sorry.

この作品は2008年夏、3ヶ月かけて大阪西梅田のブリーゼタワーに制作した壁画「Osaka Graffiti」をUKロンドンの「Gamma Proforma」の依頼により、ポスター作品として再編したものです。

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No 2 title

2010 JAPANESE GRAFFITI series
"Tenbeni, Osaka, Godairiki"

ジャパニーズグラフィティシリーズ 2010
天紅、大阪、五大力(てんべに、おおさか、ごだいりき)

No 3 consept story

この作品は、日本の都市「大阪」を描いたものです。

大阪は、古くは日本の中心であった京都から近かったこともあり「天下の台所(*1)」と呼ばれる程、商業の町として繁栄しました。 そのため、この地区の人々は昔から口達者でした。大阪には、攻撃性が高い「大阪弁」という日本で最も知られている方言があります。 大阪で「石が飛ぶ」という言葉を言ったなら「実際に石が飛ぶ」とまで言われる土地柄です。 そのような歴史もあり、大阪は漫才(*2)(日本のコメディ)の中心地域でもあります。 作品では、そのみんなの「べしゃり(*3)」が土台になっていて、商人の口から大阪の町ができているところを描いています。
大阪は「八百八橋(はっぴゃくやばし)(*4)」と表現されることがあります。 橋は人の行き来に欠かせないものです。ここにも交流を重んじる大阪の意味を含みました。 作品では、遊楽の遊女たちを縛る檻の役割や、大阪への想いを筆に走らせる江戸(東京)(右下:富士山と浮世絵女性部分)から、大阪への架け橋という設定説明(*5)の重要な役割を担っています。
「京の着倒れ大阪の食い倒れ (きょうのきだおれおおさかのくいだおれ)(*6)」という言葉もあります。 大阪の食、たこ焼き、いか焼き、お好み焼きに欠かせない「粉モン(*7)」。 作品では、大阪おばちゃんロボ「サンバイザーファイヴ」が、特売の「粉モン(*7)」を引裂、粉は雲となって大阪を覆っているところを描いています。
「サンバイザーファイヴ」は、高橋信雅の創作による「大阪のおばちゃんロボット」です。 大阪の町柄、他の地域には存在できない強烈な服装をする強引なおばちゃん達が存在します。 獣柄の服を着て、化粧をバッチリきめ、派手な髪型にサンバイザーを付け、自転車で颯爽と特売売り場に現れる。 高橋はそんなおばちゃんたちを日本のヒーロー船隊ものに例え「サンバイザーファイヴ」と名付けました。 また、愛してやまない「サンバイザーファイヴ」の歌も作りました。

「サンバイザーファイヴのうた」

袋が 破れても 気にしない~ 1(ワン)!!(かけ声:強引な)
ロケットパンチ さながらの~ 2(ツー)!!(かけ声:ロケットキャッチで確実に)
間を すり抜け 隙間から~ 3(スリー)!!(かけ声:ゲット)
人混みタックル とりあえず~ 4(フォー)!!(かけ声:こじ開けろ)
いるのか いないのか 分からない 5(ファイヴ)!!(かけ声:確保班)

あ~ああ~大阪 サンバイザーファイヴ !!(かけ声:ファイヴ !!)
安売り特売大好き サンバイザーファイヴ !!(かけ声:ファイヴ !!)

常連の「九十九神(つくもがみ)(*8)」による「百鬼夜行(ひゃっきやこう)(*9)」は「OSAKA」文字を形つくっています。 「O」担当の「ろくろ首(*10)」は「おお」の表現のため二重になり、商人の町ということで「そろばん(*11)」も大きな位置を占めています。 ちなみに妖怪化の際、そろばんの珠は目玉になっていますが、大阪バージョンでは一部「串かつ」になっています。 大阪特有の妖怪代表としては「茨城童子(いばらぎどうじ)(*12)」「白坊主(しろぼうず)(*13)」「葛の葉(くずのは)(*14)」「姥ヶ火(うばがび)(*15)」「古戦場火(こせんじょうび)(*16)」に登場してもらいました。
「通天閣(*17)」と「太陽の塔(*18)」との漫才(*2)を含み、大阪の名所、名物を羅列しました。 「ブリーゼタワー(*19)」「四天王寺(*20) 五重塔」「大阪城(*21)」「道頓堀のグリコネオン(*22)」「阪神タイガースジェット風船(*23)」「虎」「飛田新地(*24)」
「五大力(ごだいりき)」とは、三宝(*25)と国土を守る金剛吼(こんごうく)、竜王吼(りょうおうく)、無畏十力吼(むいじゅうりきく)、雷電吼(らいでんく)、無量力吼(むりょうりきく)の五大力菩薩のこと。 江戸時代には、手紙が無事に届くためのまじないとして、封じ目に「五大力」と書くことが広く行われていました。 それがやがて女性が身の回りの品に「五大力」と書いて、男性への貞操の証しとするようになったといわれています。
「天紅(てんべに)」とは、遊女が客に出す手紙の総称のこと。 遊女が客に出す手紙は、筒状に巻いた白い和紙の上辺一辺を紅で染めて差し出すことが習いとされていました。 上辺を日本語で「天」といいます。ちなみに下辺は「地」といいます。
「絵は魅力が無ければ見向きもしてもらえない、遊女のようなもの」東京からやってきた絵が大阪で「嘘無き制作をするという(貞操を守る)」意味を込めて「五大力」と描かれた壁画を制作しました。 その大阪を描いた作品が、海を越えてイギリスまで届くという意味合いで「天紅」を送付しましたと、いう落ち。

No 4 Annotation

“註釈”

*1
天下の台所(てんかのだいどころ)とは、江戸時代に物流、商業の中心地であった大阪を指した異名として使われる用語。全国の藩が大阪に蔵屋敷などを設け、生活物資の多くが、一旦生産地より大阪に集められ、再度全国の消費地に送られたからであると言われている。

*2
漫才(まんざい)とは、古来の萬歳を元に、日本の関西地方で独自に発達したとされる。主に2人組で披露される演芸・話芸。2人の会話の滑稽な掛け合いの妙などで笑いを提供する。大正末期、映画の弁士によって始められた漫談にちなみ、昭和8年頃に吉本興業宣伝部によって漫才と名付けられた。漫才を行う者を「漫才師」と呼ぶ。関西圏の漫才を特に上方漫才(かみがたまんざい)という。

*3
「べしゃる」とは、ひらがなの「しゃべる」を順番を組み替えたスラング(*3-1)。(「べしゃる」=「しゃべる」=「喋る」)「普通よりも良く喋る」という意味合いが強く、「「良く喋る」は「舌が良く廻る」とも言い、「舌」は「べろ」ともいうので「しゃべる」の「べ(ろ)」が前に出てきてしまった」という考え方もできる。(これは私の見解)

*3-1
スラング(slang)とは、特定のエスニック集団、職業、年代、生活環境、ライフスタイル、趣味、嗜好を共通にする集団の中でのみ通用する隠語、略語、俗語のこと。標準となる生活の中で喋られる口語に対し、スラングは一般性、共通性がなく、口語として通用しているものと同じ単語でありながら、さかさま言葉であったり、違った読みをしていたりと、敢えて一般人には理解できないような用法をするものが多い。

*4
八百八橋(はっぴゃくやばし)とは、大阪の河川・運河に囲まれた商業地形と橋が多数あったことを表す言葉。江戸時代、大阪は「浪華八百八橋」といわれるほど多くの橋が架けられた。「八百八(808)(*4-1)」という数字がありますが、本当に「八百八(808)」の橋があったわけではない。(実際には200ほどだそうです)その中でも幕府が架けた公儀橋は12橋しかなく、その他の橋は町人たちが自腹で造ったもの。商売が成功したお返しに橋を架けた町人の勢いから、比喩的表現として「浪華八百八橋」と呼ばれるようになったそうだ。

*4-1
八百八(808)とは、「九十九(つくも)(99)(*4-2)」や「百(も)(100)」と一緒で「数が多い」という意味の日本語の掛詞の一種。

*4-2
九十九(つくも)とは、日本語に見られる掛詞の一種。「つくも」は「つつも」のなまったもので、「つつ」は古語での「足りない」、「も」は「百」を意味する。つまり「百に(一つ)足りない」という意で「九十九」を「つつも」と読んだという説。「つくも」と転訛したのは、「伊勢物語」で「九十九髪」(百から一を引いた髪、つまり「白髪」の意)を「つくもがみ」と読ませたのが始まりとされる説。

*5
日本における東京と大阪は、東西にある巨大都市同士ということで良く比較対象になり、宿敵関係にたとえられる。(人口:東京1位/横浜2位/大阪3位)この関係性は元々、首都の移動が曖昧だったことに由来する。奈良平安時代と長くから関西圏にあった首都が、1192年に鎌倉幕府設立の際に関東圏にも主要な都ができ、その後、東西の帝都である東京と京都が並立して首都を名乗り、明治2年(1869年)明治維新の際に東京城(江戸城)が皇城とされ太政官が東京に移されたことと、明治4年(1872年)府県の順序で東京が第一とされたことで、東京が首都の地位を得たという背景を持つ。(色々な説があるので参考程度にしてください)

そのため「Osaka Graffiti / 2008」の制作の際、ブリーゼタワーがフジサンケイグループ(関東圏の会社)だということを含んでも、東京者が大阪を描くという事が問題となりました。問題回避として、大阪の町を描く際に私は「地区を限定して、午前中取材をし、昼食の際に取材情報の整理と掘り下げを行ない、午後現場で壁画に描く」という方法をとりました。現地の人が話してくれたものだけを描く(嘘(想像)を描かない)、取材素材を掘り下げることにより、現地の人も知らない素材の本質を描くことにより、その問題の回避を試みました。その結果、興味深い素材の獲得に成功し、また、それだけではなくこの制作方法や絵の内容が「人の交流」を重んじる大阪人の「話しの種」になりました。東京者が描いた絵が、現地の大阪で受け入れられたことが「Osaka Graffiti / 2008」の一番の成果かもしれません。

*6
京の着倒れ大阪の食い倒れ (きょうのきだおれおおさかのくいだおれ)とは、京都の人は着道楽で家産を傾け、大阪の人は食い道楽で家産を傾けるということ。京都の人は服飾に贅を尽くし、大阪の人は飲食におごる傾向があり、それぞれ京の雅(みやび)な貴族趣味と商人の町大阪の実質を重んじる気風を反映するが、それも過ぎれば身を滅ぼすもととなる意味で使われる。「大阪の食い倒れ」には、「食が豊かであるということ」と「橋が多い(杭)」のふたつの意味が掛かっている。ちなみに「京の着倒れ」には、「着る」と「気を遣う」のふたつの意味が掛かっている。

*7
粉モン(こなもん)とは、主に大阪で、たこ焼き、いか焼き、お好み焼きなど、小麦粉等の粉食品を活用した料理のことを指す。

*8
九十九神(つくもがみ)とは、九十九髪を下位とはいえ「神」と表現したい高橋の表現。付喪神(つくもがみ)とは、長い年月を経て古くなった対象(その多くは何らかの道具や器物であることが多いが、稀に動物などの生物も含まれるとされる)に、魂や精霊などが宿るなどして妖怪化したものの総称。「付喪」自体は当て字で、正しくは「九十九」と書く。この九十九は「長い時間(九十九年)や経験」「多種多様な万物(九十九種類)」などを象徴する。また九十九髪と表記される場合もあるが、「髪」は「白髪」に通じ、同様に長い時間経過や経験を意味し、「多種多様な万物が長い時間や経験を経て神に至る物(者)」のような意味を表すとされる。

*9
百鬼夜行(ひゃっきやぎょう・ひゃっきやこう)とは、説話などに登場する深夜の町を集団(この場合の「百」も[九十九神]といっしょで「沢山の」という意味)で徘徊する鬼や妖怪の群れ及びその行進のこと。百鬼夜行図は、巻物に夜「妖怪」や「九十九神」達が大行進する様子が描かれていている物。巻物右端から始まり、中盤では大騒ぎ、左端では約束事のように日の出と共に去っていく様子が描かれている。読経することにより難を逃れた話や、読経しているうちに朝日が昇ったところで鬼たちが逃げたり、いなくなったりする話が一般的で、仏の功徳を説く話である。

*10
ろくろ首(ろくろくび、轆轤首)とは、日本の妖怪の一種。大別して、首が伸びるものと、首が抜け頭部が自由に飛行するものの2種が存在する。いずれも外見上は普通の人間とほとんど変わらない。古典の怪談や随筆によく登場し、妖怪画の題材となることが多い日本妖怪の代表選手。首が伸びるタイプはろくろ(*10-1)を回して陶器を作る際に粘土が長く伸びるように、異常に長く伸び縮みする首を持つ。首が抜けるものの方がろくろ首の原型とされている。このタイプのろくろ首は、夜間に人間などを襲い、血を吸うなどの悪さをするとされる。首が抜ける系統のろくろ首は、寝ている(首だけが飛び回っている)ときに、本体を移動すると元に戻らなくなることが弱点との説もある。

*10-1
ろくろとは、陶芸に用いられる、粘土を整形するための器械。

*11
そろばんとは、古典的な計算補助器具である。珠を移動することにより計算するため、そろばんによる計算を珠算(しゅざん)という。

*12
茨城童子(いばらぎどうじ)とは、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。「酒呑童子(しゅてんどうじ)(*10-1)」の最も重要な家来であった。

余談:
大阪市茨木市では知らない人がいない程有名なのだが、大阪でも他の地区に行くと知名度はほとんどない。壁画の設置されているブリーゼタワーは梅田という大阪の都心(大阪駅前)にある。そのため、茨木地区の人は絵をみて「茨城童子や!」と即座に反応するが、一緒にいる人が違う地区の場合「何それ?」となる。「え?なんで知らんの?」と一生懸命「茨城童子」のことを説明するという現象がおもしろかった。

*12-1
酒呑童子(しゅてんどうじ)とは、京都と丹波国の国境の大枝(老の坂)に住んでいたとされる鬼の頭領(盗賊であったとも)である。室町時代の物語を集めた『御伽草子』などによると、酒呑童子の姿は、顔は薄赤く、髪は短くて乱れた赤毛、手足は熊の手のようで、背丈が6m以上で角が5本、目が15個もあったといわれる。彼が本拠とした大江山では龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にしていたという。

*13
白坊主(しろぼうず)とは、日本各地に伝わる妖怪の一つ。大阪では、目・鼻・口・手足のはっきりしない、絣の着物を着た全身真っ白な坊主とも、風船のように大きくて丸い妖怪ともいい、いずれも人を脅かすだけで危害を与えることはない。

*14
葛の葉(くずのは)とは、伝説上のキツネの名前。葛の葉を主人公とする人形浄瑠璃『蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)』、および翻案による同題の歌舞伎も通称「葛の葉」と呼ばれる。陰陽師の安倍晴明(*12-1)の母。

*14-1
安倍晴明(あべの せいめい)とは、平安時代の陰陽師(*12-2)。鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏(土御門家)の祖。

*14-2
陰陽師(おんみょうじ)とは、古代日本の律令制下に於いて中務省の陰陽寮に属した官職の1つで、陰陽五行の思想に基づいた陰陽道によって占筮(せんぜい)及び地相などを行う方技(技官)として配置され、後には本来の律令規定を超えて占術・呪術・祭祀をつかさどるようになった職掌のことをいう。中世以降は、主に各地において民間で個人的に占術・呪術・祭祀を行う非官人の者を指すようになり、現代においては民間で私的祈祷や占術を行う神職の一種として定義付けられている。連声化せずに「おんようじ」と発音されることもある。声聞師ともいわれた。

*15
姥ヶ火(うばがび)とは、河内国(現・大阪府)や丹波国(現・京都府北部)に伝わる怪火。鳥山石燕(*13-1)の妖怪画集『画図百鬼夜行』、寛保時代の雑書『諸国里人談』、江戸時代の怪談本『古今百物語評判』、井原西鶴(*13-2)の雑話『西鶴諸国ばなし』、『河内鑑名所記』などの古書に記述がある。

*15-1
鳥山石燕(とりやま せきえん)とは、近世日本に生きた画家の一人。妖怪画を多く描いた江戸中期の浮世絵師である。

*15-2
井原西鶴(いはら さいかく、本名:平山藤五(ひらやま とうご))は、江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳人。別号は鶴永、二万翁。晩年名乗った西鵬は、時の将軍徳川綱吉が娘鶴姫を溺愛するあまり出した「鶴字法度」(庶民の鶴の字の使用禁止)に因む。

*16
古戦場火(こせんじょうび)とは、日本の伝承にある鬼火の一種。鳥山石燕(*15-1)の妖怪画集『今昔画図続百鬼』や怪談集『宿直草』などの江戸時代の古書に記述がある。

*17
通天閣(つうてんかく)とは、大阪府大阪市浪速区にある新世界界隈の中心部に建つ展望塔である。国の登録有形文化財。観光名所として有名である。

*18
太陽の塔(たいようのとう)とは、1970年に大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会(EXPO'70・大阪万博)の会場に、芸術家の岡本太郎が制作した芸術作品であり建造物。大阪万博のテーマ館のシンボルとして建造され、万博終了後も引き続き万博記念公園に残された。岡本太郎(*18-1)の代表作の1つである。

*18-1
岡本 太郎(おかもと たろう)とは、日本の芸術家。

*19
ブリーゼタワー(ぶりーぜたわー、英訳表記:BREEZE´ TOWER)とは、大阪市北区梅田2丁目にあるビジネスオフィス、商業施設、多目的劇場が併設する超高層ビルである。2006年(平成18年)3月から建設が始まり、2008年(平成20年)7月31日に完成した。建築デザインはドイツ人建築家クリストフ・インゲンホーフェン、照明デザインは日本における照明デザイン・ライトアップの第一人者と言われる石井幹子、施工は鹿島建設株式会社が担当した。

*20
四天王寺とは、「日本佛法最初四天王寺」の石柱がある、わが国最古の寺。和宗の総本山。新西国三十三ヶ所の第一番札所。

*21
大坂城・大阪城(おおさかじょう)とは、摂津国東成郡大坂(現在の大阪市中央区の大阪城公園)にあった安土桃山時代から江戸時代の城である。別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったため、現在は「大阪城」と表記することが多い。

*22
道頓堀のグリコネオン(どうとんぼりのぐりこねおん)とは、大阪市中央区の道頓堀川に架かる戎橋脇にある西日本最大級のネオンサイン(初代は1935年点灯開始、現在は1998年点灯開始の5代目)。大阪の街を走るランナーの姿。 背景には大阪の街を代表する4つの建物(左から大阪城、海遊館、大阪ドーム、通天閣)が描かれている。大阪観光の代表的な名所として愛されている。作品では、2003年、18年ぶりのリーグ優勝へと猛進を続ける阪神タイガース(*23-1)を応援し、江崎グリコ(*22-1)と株式会社デサント(*22-2)とのコラボレートにより実現した阪神タイガースのユニフォームバージョンを描いている。

*22-1
江崎グリコ株式会社(えざきグリコ、英称:Ezaki Glico Co.,Ltd.)とは、大阪府大阪市西淀川区歌島に本社を置く日本の大手製菓会社である。代表作:ビスコ、ポッキー、プリッツ等多数。

*22-2
株式会社デサント(でさんと、英文社名:DESCENTE, Ltd.)とは、大阪市天王寺区に本社を置くスポーツウェアの専門メーカーである。1974年以来30年間に渡りタイガースのユニフォームをサプライしている。

*23
阪神タイガースジェット風船(はんしんたいがーすじぇっとふうせん)とは、プロ野球7回裏、ラッキーセブンに阪神タイガース(*23-1)応援歌である恒例の「六甲おろし」が球場にこだまし、サビの最後の締めくくりとともに、スタンドを埋める4万超もの阪神ファンから繰り出されるジェット風船のこと。

*23-1
阪神タイガース(はんしんタイガース)とは、日本のプロ野球球団で、セントラル・リーグの球団のひとつ。兵庫県を保護地域とし、同県西宮市にある阪神甲子園球場を本拠地としている。

*24
飛田遊廓(とびたゆうかく)とは、大阪市にかつて存在した遊廓(*24-1)、赤線(*24-2)である。通称、飛田新地(とびたしんち)。大正時代に築かれた日本最大級の遊廓と言われている。現在も一部存在していて、取材の際には突如現れる時代錯誤の空間に圧倒された。作品では、中央右付近にある橋の橋脚を遊郭の見世窓に例えた、突如現れた異世界を表現するため、エッシャー(*24-3)の様によく見ると橋脚の前後が違っているだまし絵の手法を取り入れた。

*24-1
遊廓(ゆうかく)とは、公許の遊女屋を集め、周囲を塀や堀などで囲った区画。一区画にまとめてあるのは、治安や風紀を公権力側が統制するため。成立は安土桃山時代。別称としては、くるわ、遊里、いろまち、傾城町などがある。「廓」は「城郭」と同じ、囲われた区画を意味する。

*24-2
赤線(あかせん)とは、日本で1958年以前に公認で売春が行われていた地域の俗称。非公認で売春が行われていた地域の俗称は「青線」である。法定外公共物である里道(*24-4)の通称。「赤道(あかどう)」「赤地(あかち)」ともいう。法定外公共物である水路の通称は「青線」、「青道」、「青地」という。

*24-3
マウリッツ・コルネリス・エッシャー(Maurits Cornelis Escher)とは、ウッドカット、リトグラフ、メゾティントなどの版画製作でよく知られたオランダの画家(版画家)である。建築不可能な構造物や、無限を有限のなかに閉じ込めたもの、平面を次々と変化するパターンで埋め尽くしたもの、など非常に独創的な作品を作り上げた。

*24-4
里道(りどう)とは、道路法の適用のない法定外公共物である道路のことである。公図上で赤色で着色することが義務づけられていたことから赤線(あかせん)、赤道(あかみち)とも言う。

*25
三宝(さんぽう)とは、仏教用語の1つで、悟りの体現者である「仏」と、その仏の教えである「法」と、その教えを奉じる「僧」の3つの宝のことを指す。

Report 20110122 Nobumasa Takahashi

No 5 Credit

Cliant: Gamma Proforma (London / UK)
Art/Design: Nobumasa Takahashi