In 2024, I drew an illustration for the key visual for "Yukichi Ramen" and "8 Dragon" development centering on Asia.
2024年、アジアで展開する「諭吉ラーメン」と「8龍」のキービジュアル用イラストを制作しました。
2024 JAPANESE GRAFFITI series
"8ryu"
ジャパニーズグラフィティシリーズ 2024
八龍
HERO&Dragon / ヒーローとドラゴン
2024年現在事業展開する八つの国(日本/台湾/タイ/インドネシア/フィリピン/ベトナム/カンボジア/ミャンマー)の「龍」と「成長する街」「民族画」を描きました。CG制作会社が展開する麺屋ということで電脳と現実が混在した世界観の中、エネルギー体である龍がバラけて麺(コード/cord⇄code)になりアジア中へ広がりエネルギーを届けるというストーリーです。画面を縦に三つに分けて、右面には菩提樹と遺跡など過去を、左面にはマンションや道路など現在、中央面には雑踏から飛び出すエンターテイメントと超高層ビルなどの未来を描きました。アジアが一つになりエネルギッシュに成長してもらいたいという願いを込めました。
「八」について
龍の目に描かれている「8」は、横にすると「∞(無限大)」。二つの意味を掛けている。 漢字の「八」は、「上」から「下」へ広がる形から「末広がり」と呼ばれている。「しだいに末のほうが広がる」「しだいに栄えること」を意味し、幸運な数字、縁起の良い数字とされている。 漢字の「八」には、「あらゆる方向」「全ての面」という意味合いを有している。
慣用表現(読み方)意味合い:
八方美人(はっぽうびじん)どこから見ても欠点のない美人、転じて、誰に対しても如才なく振る舞う人
八方塞がり(はっぽうふさがり)どの方角・方面にも障りがあって何もできない状態
八つ当たり(やつあたり)直接関係のない人を含めて、あらゆる方面に理不尽に怒りをぶつけること
嘘八百(うそはっぴゃく)数えきれない程のたくさんの嘘
口八丁手八丁(くちはっちょうてはっちょう)しゃべりが上手で物事を器用にこなす人のことをさすことわざ
四方八方(しほうはっぽう)あらゆる方面という意味
八百八町(はっぴゃくやちょう)江戸市中に町が多数あることをいう語
八つ裂き(やつざき)ばらばらにすること
古代日本においては「八」は「聖数」と認識されていた。 「八」は数が大きいことを指しており、以下の表現で使用されている。
慣用表現(読み方)意味合い:
八島、八州(やしま、はちとう)日本の呼称(雅称)の一つ。「多くの島からなる国」である。(「しま」には島に加え縄張りという意味もある)
八雲(やくも)幾重にも重なり合った雲(「くも」には「民」のことを表す表現でもある)
八重桜(やえざくら)花弁が何枚も重なっている桜の総称
八千代(やちよ)非常に永い年代
昔は一から順に数えていったとき、具体的に「八」以上を数える機会は限られていたことから「たくさん」とか「最大」というような意味合いを有し、縁起の良い数である。
仏教における数字の「八」
お釈迦さまが亡くなった時、その周辺には八つの国があったため、残された弟子たちは彼の遺骨(仏舎利)を八つに分け、各国の王様にそれぞれ贈ったとされ、これにより、仏の教えが世界全体へ広がっていったとされている。このため、仏教において「八」という数字は重要視されている。
中国においては「8」は日本以上に幸運な数字と認識されている。これは、8の発音が「富む」「発展する」等を意味する「発(ファー)」と似ていることによるもの。2008年の北京オリンピックが8月8日夜の8時8分8秒に開会したことは有名な話。車のナンバープレートにおいては「8」が付くものは非常に人気があり、特に「88」等は高額で取引されている。また、電話番号や部屋の番号等でも「8」が付くものの人気が高く、さらに会社の開業日や建物の竣工式等の各種のイベントは、8の付く日に執り行われたりしている。
「龍」について
龍(りゅう):
伝説や神話に登場する空想上の生き物。その姿は大蛇や大蜥蜴を思わせるものである。水に潜み、空を飛んで雲を起こし雨を呼ぶ霊力があるとされる。水や雲、雨といった自然現象と密接に関連しており、特に農耕文化においては豊穣や繁栄の象徴とされている。川や道などに例えられることもあり、理が違う二つの世界を繋ぎ、力を伝える象徴としても扱われている。また、龍は知恵と力を兼ね備えた存在とされ、君主や英雄の象徴ともなっている。
龍は、中国で生まれた。龍という字は、紀元前17世紀ごろから11世紀にかけての商王朝で用いられていた甲骨文や、その次の王朝の周にかけてさかんに鋳造された青銅器の金文にも見られることから、いかに古くから中国の人びとが龍と関わってきたかがわかる。紀元前2世紀末の『淮南子(えなんじ)』という書物には、飛龍(ひりゅう)・応龍(おうりゅう)・蛟龍(こうりゅう)・先龍(せんりゅう)がおり、これらからそれぞれ鳥類・獣類・魚類・甲殻類が生まれたとされている。つまり龍はあらゆる動物の祖であり、造物主たる神のような存在であった。そのため、龍の姿は「九似(きゅうじ)」といい、角は鹿、頭は駱駝(らくだ)、目は鬼、項(うなじ)は蛇、腹は蜃(みずち)、鱗(うろこ)は魚、爪は鷹、掌(たなごころ)は虎、耳は牛に似ていると言われている。この異形をもって龍はあらゆる動物の頂点に君臨し、最高の瑞祥となったのだが、悠々と天空を駆けめぐっていたはずの龍が、皇帝の権力に搦めとられて、皇帝の衣服のなかに閉じこめられてしまい、この時から龍は権力者としての皇帝のシンボルとなった。
「龍」と「ドラゴン」は別物として扱われるが、東洋西洋ともにその存在を信じられてきた理由には、恐竜など大型動物の化石の存在がある。誰も本物の姿を見たことはないが世界中にたくさん残る龍の伝説が物語るように、人々は強大な龍の力に畏怖の念を抱き、神としてそして力の象徴として崇めてきた。
龍の表現には「昇龍」「降龍」が対とされている。「上る」「下る」ではなく「昇天」「降臨」を意味している。「上求菩提」「下化衆生」という仏教の教義を意味するとされる。「上求菩提」とは、悟りを求めて厳しい修行に励むこと。「下化衆生」とは、慈悲を持って他の衆生に救済の手を差し伸べることを意味し、これら両方を合わせて修得すべきこととされている。
エネルギーがアジア中に広がる方法も日本的にしたくて「板野サーカス」的の手法を採用しました。
板野サーカス(いたのさーかす):
アニメーターの板野 一郎(いたの いちろう)が生み出した戦闘演出。高速で動く物体を高速で動くカメラで捉えた映像にスピードと迫力を付けるための技法である。無数のミサイルが飛び交う映像が有名であるため勘違いされやすいが、本質はミサイルそのものではなく「ミサイル等の飛行物体をどの位置からどの位置へ動かして撮り、どのようなレンズ効果やデフォルメを付けるか」という事である。
板野サーカスが一番映えるのはミサイル戦であり、特有な軌道が目を引く。多くのパターンでは発射時に標的方向に対し、一時離れるように側方・後方に向かって発射された後、再び標的(前方)に向かって飛ぶためミサイルの軌道が直角~鋭角の急激なカーブを描く。また、目標に向かって飛んでいくミサイルもただ複雑な軌道を描きながら飛び回る訳ではなく、軌道のタイプにも複数の種類がある。
目標へ一直線に飛んでいく物(優等生タイプ)
目標の回避運動を予測して先回りする物(秀才タイプ)
敢えて目立つ為にジグザグに飛んでいく物(劣等生タイプ)
等に描き分けされている。
ミサイルの弾幕描写の他にもこれを応用した弾幕回避描写は爽快感が高く、近年のロボットアニメにおいてはミサイルやホーミングレーザーといえばこの様な演出を成される事が多い。
ピクシブ百科事典「板野サーカス」より https://dic.pixiv.net/a/板野サーカス (2024年1月26日 観閲)
“註釈”(モチーフ説明)
今回「八龍」を描くにあたり、オリジナルキャラクターが生まれました。高橋信雅「ジャパニーズグラフィティシリーズ」では、新しく描く絵の舞台に合わせて、今までに描いた歴代のキャラクターがキャスティングされ登場しています。
【初登場】
八龍:
エネルギー体の表現。電脳と現実を繋ぐコード(cord⇄code)。無限(8/∞)のエネルギーをばらばらになり(八)アジア中へ届ける存在。
八国の言語による「龍」の表記:
日本語/龍
台湾語/Lêng
タイ語/มังกร
インドネシア語/Naga
フィリピン(タガログ語)/Dragon
ベトナム語/Rồng
カンボジア(クメール語)/នាគ
ミャンマー語/နဂါး
その他アジアの文字も入れました。
要石鯰:
要石(かなめいし)は、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、千葉県香取市の香取神宮、三重県伊賀市の大村神社、宮城県加美町の鹿島神社に存在し、地震を鎮めているとされる、大部分が地中に埋まった霊石。『香取神宮小史』によれば、葦原中津国平定において香取ヶ浦はなお「ただよへる國」「地震(なゐ)頻り」であった。これは地中に大きな鯰が住みついて荒れ騒いでいるためであるとされ、そこで香取と鹿島の大神は地中に深く石の棒をさし込み、大鯰の頭と尾を刺し通した。鹿島神宮の要石は大鯰の頭を押さえると伝えられる。鯰絵では、大鯰を踏みつける姿や、剣を振り下ろす姿がよく描かれる。 地上部分はほんの一部で、地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大鯰あるいは竜を押さえているという。あるいは貫いている、あるいは打ち殺した・刺し殺したともいう。あるいは、2つの要石は地中で繋がっているという。また、龍は柱に巻き付いて国土を守護しているとも言われている。ただし、大鯰(または竜)は日本全土に渡る、あるいは日本を取り囲んでいるともいい、護国の役割もある。なお、鹿島神宮と香取神宮は、日本で古来から神宮を名乗っていたたった3社のうち2社であり(もう1社は伊勢神宮)、重要性がうかがえる。
こいのぼり:
日本の風習で、江戸時代に武家で始まった端午の節句に男児の健やかな成長を願って家庭の庭先に飾る鯉の形に模して作ったのぼり。紙・布・不織布などに鯉の絵柄を描いたもので、風を受けてたなびくようになっている。鯉のぼりには、人生で遭遇する難関を鯉のように突破して立身出世して欲しいという願いが込められている。 中国の神話や伝説に登場する「龍」が関係しているといわれている。 難関を突破して大出世を遂げた状態を意味する慣用句「登竜門」。登竜門の「竜門」とは、黄河上流にある竜門山を切り開いてできた急流のことで、その竜門を登りきった鯉は、竜になるという伝説から、日本でも立身出世の象徴となっている。
作画参考:歌川広重『名所江戸百景「水道橋駿河台」』より。当時はまだ錦鯉が普及しておらず、真鯉のみが飾られている。
ワット・マハタート(Wat Mahatha)の仏像:
タイのアユタヤ県・アユタヤ市にあるスコータイ歴史公園内の仏教寺院の廃墟。木の根で覆われた仏頭で知られている。
バイヨン(Bayon)の四面像:
カンボジアのアンコール遺跡を形成するヒンドゥー・仏教混交の寺院跡。アンコール・トムの中央付近にある。バイヨンを特徴付けているのは、中央祠堂をはじめ、塔の4面に彫られている人面像(バイヨンの四面像)である。人面像は観世菩薩像を模しているというのが一般的な説である。しかし戦士をあらわす葉飾り付きの冠を被っていることから、ジャヤーヴァルマン7世を神格化して偶像化したものであるとする説も存在する。この像はクメールの微笑みと呼ばれている。
菩提樹(ぼだいじゅ):
ゴータマ・シッダールタ(釈迦)がその木の下で悟りを開いたと伝える樹木。
台北101(臺北101):
台湾台北市信義区にある超高層ビル。
キングパワーマハナコン (คิง เพาเวอร์ มหานคร):
タイ王国バンコクバーンラック区にある高層ビル。
モナス(MONAS):
インドネシアの首都ジャカルタのムルデカ広場に建つ国家独立記念塔。
ウィスマ46(Wisma 46):
インドネシアの首都ジャカルタの高層ビル。
ランドマーク81(Landmark 81):
ベトナムホーチミン市ビンタイン区にある高層ビル。
ボクサー写本(Boxer Codex):
16 世紀後半にフィリピンで作成されたスペイン語の写本。 中国、フィリピン、ジャワ、モルッカ諸島、ラドロネス、シャムの人々を描いた 75 点のカラーイラストが含まれる。約 270 ページのスペイン語のテキストでは、これらの場所、その住民、習慣について説明されている。追加の 88 枚の小さな絵には、神話の神々や悪魔、そして当時流通していた中国の人気の文献や書籍からコピーされた現実および神話の鳥や動物が示されている。1590年英国の歴史家チャールズ・ラルフ・ボクサーは、 1947 年にロンドンのイルチェスター卿のコレクションからこの原稿を購入した。ボクサーは、彼が「マニラ写本」と呼んだものの重要性を認識し、1950 年にコーデックスの詳細な説明を記載した論文を発表。彼はその原稿を他の研究者が研究のために自由に利用できるようにし、それがボクサーコーデックスとして知られるようになった。ボクサーは最終的にこの本をインディアナ大学に売却し、リリー図書館に保管されている。
ワット プーミンの壁画/Wat Phumin:
タイ王国ナーン県ムアンナーン郡にある仏教寺院。
バラタユダ(Baratayuda):
インドネシアの国家統一のために同族争いをして大量の犠牲を出した事に対する、ジョヨボヨ王の懺悔の書。
ワヤン・クリ(Wayang Kulit):
インドネシアのジャワ島やバリ島などで行われる人形を用いた伝統的な影絵芝居。またそれに使われる操り人形のこと。「カルナとアルジュナ」など。
ナーガ(Naga):
蛇神。ヒンズー教の神の一人で中でもコブラを神格化したもの。
スマラプラ宮殿の天井画:
バリ島クルンクンにあるスマラプラ宮殿の建物にカマサン様式で書かれた天井画。 カマサン様式とは16世紀に誕生した伝統美術。墨で描いた下絵に4色の自然顔料を用いて陰影を表している。
フィリピンのトライバルタトゥー:
かつてのフィリピンでは、ルソン島のイゴロ(igorot)、ティンギアン(tinguian)、ビサヤ諸島(bisaya)のピンタド(pintado)、イロカノ(ilokano)や、ミンダナオ島(mindanao)の数多くの部族達などによって非常に盛大にトライバルタトゥーが行われていた。ほとんどの者が全身を覆うまでにそれを施していた。それらはボルネオのケースと同様に通過儀礼としての首狩りの風習と強い結びつきを持っていた。そしてデザインとしての大きな特徴には構図が身体に対してシンメトリー(左右対称)であることと、繊維が織りなされるかのように複雑なディティールのラインワークであることがあげられる。当時のヨーロッパ人宣教師の一人は『まるで中国の布地のようである』とその様子を記している。
ベトナム人アーティスト「マイ・トゥ(Mai Trung Thứ)」L’heure du thé (Tea time):
人生の大半をフランスで過ごしたにもかかわらず、強い愛国心と故郷の慣習への献身を保ち、ベトナムの主題を自分の芸術に取り入れることに喜びを見出したアーティスト。簡潔で正確な筆致で知られており、細い黒い線を使用して、これらの様式化された人物の柔らかな曲線を描写している。
军旅画家「王银祥(ワン・インシャン)」の絵:
名は毛東仁、1966年山東省赤平生まれ。中国芸術家協会研修センター、清華大学美術学院、北京栄宝寨絵画学院を経て、欧陽忠石など著名な書道家や画家に師事。2019年6月、北京で「王銀祥民俗古北京」中国絵画美術展が開催され、彼の作品の多くが中国国立美術館などに収蔵されている。
ドンホー版画(Dong Ho Painting):
ベトナム北部のバクニン省(北寧省)トゥアンタイン市社(順成市社)ドンホー村(東胡村)で製作されている伝統的な絵が描かれた版画。正式名称は東湖民間木版画(ベトナム語:Tranh khắc gỗ dân gian Đông Hồ / 幀刻楛民間東湖)。ベトナムの生活、風物詩、風刺などが描かれ、ベトナム語で現在は使われない漢字の言葉が添えられることがある。画材には全て、自然の材料が使われる。版画に使われている紙は「ゾー」という木の樹脂からできていて、絵具も多様な木の葉を使っている。絵具の耐久力は強く、太陽光にさらされても色褪せしにくいという特徴がある。
アーティザンアンコール(Artisans Angkor):
カンボジアの伝統的なクメールの職人技を復活させながら、農村地域の若者に雇用機会を創出するカンボジアのソーシャルビジネス。 1992 年にカンボジア教育省によって実施された「Les Chantiers-Ecoles de Formation Professionnelle」(CEFP) と呼ばれる教育プロジェクトから始まった。このプロジェクトは、石工、配管、タイル張り、塗装などの建築部門で若者を訓練することにより、戦後の国を再建することを目的としている。「シャンティエコール・ド・フォーメーション・プロフェッショネル」は教育方法論を開発。ほとんど教育を受けていない恵まれない若いカンボジア人にそれらのスキルを提供することが目的。クメール文化遺産の重要な部分がほぼ消滅していたため、1990 年代半ばには、この訓練により伝統的なクメールの職人技が拡張した。
チャイティーヨー・パゴダ (Kyaiktiyo Pagoda):
ミャンマーのモン州のチャイティーヨー山の頂上にある仏塔(パゴダ)。別名ゴールデン・ロック(Golden Rock)。仏教徒の巡礼地として良く知られている。巡礼者の寄付によって貼り付けられた金箔に覆われた花崗岩の巨礫の頂上に、高さ7.3mの小さなパゴダが乗っている。伝説によると、仏陀の遺髪の上に載せられたらしい。岩は、恒久的に今まさに丘を転がり落ちそうな状態に見え、あたかも重力を否定しているかのようである。過去には数度の地震にも耐え、現在も不思議なバランスで保たれている。ミャンマーではヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ、マンダレーのマハムニダ・パゴダ(en:Mahamuni Buddha Temple) に次ぎ、三番目に重要な巡礼地である。この「重力の否定」を一目見ることで、ゴールデン・ロックは、多くの人々に仏教へ帰依するためのインスピレーションを与えている。信仰上の理由から女性はゴールデン・ロックに触れることは許されず、男性のみが触れられる。
ディッジマン:
株式会社ディッジのキャラクター。
初代ディッジマンは、絵の右中央の樹のところで石像に。
2代目ディッジマンは、真ん中の建物部分で映画の看板に。
3代目ディッジマンは、左の建物の上で元気に飛び回っている。
DH:
「D.H」の文字がどこかに隠れている。
イケ麺キャラ:
麺に関わるイケてるキャラクター達が随所に隠れている。
【再登場】
ナマハゲロボ:
日本では「悪い子はいねがー」でお馴染み。
ナマハゲは、毎年、大晦日の晩に秋田県男鹿半島のほぼ全域で行われる行事。ナマハゲは真山・本山に鎮座する神々の使者と信じられている。年に一度各家庭を巡り、悪事に訓戒を与え、厄災を祓い、豊作・豊漁・吉事をもたらす来訪神として仮面をつけ藁の衣装をまとった使者が「怠け者はいねが。泣く子はいねが」と練り歩く、古くから伝統を受け継ぐ民俗行事。昭和53年「男鹿のナマハゲ」の名称で国重要無形民俗文化財に指定。2018年にユネスコ無形文化遺産「来訪神:仮面・仮装の神々」のひとつとして登録された。ナマハゲの語源は「火斑(ナモミ)を剥ぐ」という言葉が訛ったものと云われている。ナモミとは炉端にかじりついていると手足にできる火型のこと。怠け者の証である火斑を剥ぎ取って戒めるのがナマハゲなのである。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesの「ナマハゲロボ」は、2017年「KASHIWA NO HA CAMPUS|KASHIWANOHA T-SITE」の壁画にて登場した。
タイの象:
象は王を守り先頭を切って戦う勇気と誇りの象徴とされている。 多くのタイ国民が信仰している仏教では「ブッダのお母さんはある日、白い象がお腹に入る夢を見てブッダを身ごもったことを知った」というタイ人なら子どもでも知っている有名な逸話があるらしい。
高橋信雅の「タイの象」は、2008年 Across the world「Thailand」、2020年大阪「TIGER TIGER」壁画に登場。
ピー(ป):
タイでは精霊やカミにあたる様々な超自然的存在を 「ピー」と呼んでいる。外来宗教伝来以前からタイ族の間で信仰されていたとされ、後に仏教と習合し日々の仏教実践に入り込んでいる。 土地・ 家・集落等空間の守護霊、祖先霊、田畑や山川 草木の霊、幽霊・悪霊等様々。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesの「ピー」は、2020年大阪「TIGER TIGER」壁画にて初登場。
えび天くん:
高橋信雅の海老の天ぷらを模したオリジナルキャラ。福の神「えびす」とも掛けている。「えびす」は日本の神様で、七福神の中では唯一の日本古来の福の神。「えびす」の持つ釣竿と鯛と同様に「えび天くん」も右手には箸を持ち麺を一本掴んでいる。掴みづらい一本の運を掴む表現。左手には「えび天」の文字が書かれた提灯を持つ。まだ見えぬ行先を明かりで照らす。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesの「えび天くん」は、2017年「ハイアット セントリック 銀座 東京」のキービジュアルにて初登場。
えびす:
日本の神で、現在では七福神の一員として日本古来の唯一(その他はインドまたは中国由来)の福の神である。古くから漁業の神でもあり、後に留守神、さらには商いの神ともされた。夷、戎、胡、蛭子、蝦夷、恵比須、恵比寿、恵美須、恵美寿などとも表記し、えびっさん、えべっさん、おべっさんなどとも呼称される。えびすの本来の神格は人々の前にときたま現れる外来物に対する信仰であり、海の向こうからやってくる海神である。
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百鬼夜行(ひゃっきやぎょう・ひゃっきやこう):
説話などに登場する深夜の町を集団(この場合の「百」は「沢山の」という意味)で徘徊する鬼や妖怪の群れ及びその行進のこと。百鬼夜行図は、巻物に夜「妖怪」や「九十九神」達が大行進する様子が描かれていている物。巻物右端から始まり、中盤では大騒ぎ、左端では約束事のように日の出と共に去っていく様子が描かれている。読経することにより難を逃れた話や、読経しているうちに朝日が昇ったところで鬼たちが逃げたり、いなくなったりする話が一般的で、仏の功徳を説く話である。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesで「百鬼夜行」は、頻繁に登場する。
九十九神(つくもがみ):
九十九髪を下位とはいえ「神」と表現したい高橋の表現。付喪神(つくもがみ)とは、長い年月を経て古くなった対象(その多くは何らかの道具や器物であることが多いが、稀に動物などの生物も含まれるとされる)に、魂や精霊などが宿るなどして妖怪化したものの総称。「付喪」自体は当て字で、正しくは「九十九」と書く。この九十九は「長い時間(九十九年)や経験」「多種多様な万物(九十九種類)」などを象徴する。また九十九髪と表記される場合もあるが、「髪」は「白髪」に通じ、同様に長い時間経過や経験を意味し、「多種多様な万物が長い時間や経験を経て神に至る物(者)」のような意味を表すとされる。
ろくろ首、轆轤首(ろくろくび):
日本の妖怪の一種。大別して、首が伸びるものと、首が抜け頭部が自由に飛行するものの2種が存在する。いずれも外見上は普通の人間とほとんど変わらない。古典の怪談や随筆によく登場し、妖怪画の題材となることが多い日本妖怪の代表選手。首が伸びるタイプはろくろ(陶芸に用いられる、粘土を整形するための器械)を回して陶器を作る際に粘土が長く伸びるように、異常に長く伸び縮みする首を持つ。首が抜けるものの方がろくろ首の原型とされている。このタイプのろくろ首は、夜間に人間などを襲い、血を吸うなどの悪さをするとされる。首が抜ける系統のろくろ首は、寝ている(首だけが飛び回っている)ときに、本体を移動すると元に戻らなくなることが弱点との説もある。
ススワタリ、煤渡り(すすわたり):
スタジオジブリの映画「となりのトトロ」と「千と千尋の神隠し」に登場する架空の妖精(付喪神)である。作中では「まっくろくろすけ」または「くろすけ」などと呼ばれる事もある。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesは下書きをせずに直接ペンで描いていくため、はみ出したりくっついたりした時、その修正のため塗りつぶした跡が「まっくろくろすけ」となる。
そろばん(算盤、十露盤):
古典的な計算補助器具。串で刺した珠を移動することにより計算するため、そろばんによる計算を珠算(しゅざん)という。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesで「そろばん」は、「朱」の道具であり、付喪神化している。「珠」は目玉になっていて、串の一部はその土地の名産に変わるのが定番だが、今回はアジアということで「肉の串」と「三色だんご」になっている。
茨城童子(いばらぎどうじ):
平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。「酒呑童子(しゅてんどうじ)」の最も重要な家来であった。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesでは、「酒呑童子(しゅてんどうじ)」は、可愛いキャラで登場している。2008年「OSAKA GRAFFITI」にて初登場。鬼ということもありその後、頻繁に登場している。
酒呑童子(しゅてんどうじ):
京都と丹波国の国境の大枝(老の坂)に住んでいたとされる鬼の頭領(盗賊であったとも)である。室町時代の物語を集めた『御伽草子』などによると、酒呑童子の姿は、顔は薄赤く、髪は短くて乱れた赤毛、手足は熊の手のようで、背丈が6m以上で角が5本、目が15個もあったといわれる。彼が本拠とした大江山では龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にしていたという。
からかさ小僧(からかさこぞう、唐傘小僧):
日本の妖怪の一種で、傘(からかさ)の妖怪。「から傘(かさ)おばけ」「傘(からかさ)おばけ」「傘化け(かさばけ)」「一本足(いっぽんあし)」「からかさ一本足(からかさいっぽんあし)」「おばけかさ」などとも呼ばれる。一つ目の付いた傘が一本足で飛び跳ねる姿が一般的に描写される。
高橋信雅が描くJAPANESE GRAFFITI seriesの「傘(からかさ)おばけ」は、ヘッドフォンをしている。2007年「SUMMER SONIC 07」で初登場。音楽イベントで楽しむ妖怪達を描いた。
一反木綿(いったんもめん):
鹿児島県肝属郡高山町に伝わる妖怪。伝承地では「いったんもんめ」「いったんもんめん」とも呼ばれる。約一反(長さ約10.6メートル、幅約30センチメートル)の木綿のようなものが夕暮れ時にヒラヒラと飛んで人を襲うとされている。
こたつにみかん:
日本の冬の風物詩「こたつとみかん」をコンセプトにした高橋信雅のオリジナル妖怪。冬になると「ばあちゃんハウス(東京アトリエ)」を襲う妖怪。あまりのあたたかさ、気持ちよさに人を駄目にする。入ったら出れなくなる。コタツの足は3本爪で表現。ものすごい速さで走るという設定。コタツの上のみかんの入ったカゴには一つ目玉になっている。日本の西洋化に伴い、失われてきた「こたつ」が妖怪化したモノ。古い家などにはまだ生息している。
蛸(たこ):
西洋で「8」は不吉な数字とされており、八本の足を持つタコなどが「悪魔の化身」等と呼ばれることもある。
高橋信雅の「ジャパニーズグラフィティシリーズ」の「妖怪」は、基本「一つ目」「一本足」「三本爪」で表現される。これは、日本古来の風習の表現である。
妖怪「一本ダタラ(いっぽんだたら)」に象徴される。「一本ダタラ」は、和歌山県の熊野地方などで伝承されている妖怪。全国各地でも同様の伝承がある。一つの目・一本の足で描かれ、山中に住んでおり、地域によっては人を襲うとも言われている。ダタラという名称に関して有力なのが製鉄技法の一つである『たたら製鉄』。『たたら製鉄』の工程は昼夜を通して数日間行われる。1400℃以上の火力を維持するために大量の風を送り込むのだが、その際に「吹子(ふいご)」という人工的に風を送り込む道具を使っていた。足で吹子を踏むことによって大量の風を送り込むので、昼夜問わず数日間ぶっ通しで行われるため足を患う者も多かった。また、火の様子も観察し続けなれけばいけないため、眼を患い失明する者も少なくなかった。各地の妖怪に「一つ目」「一本足」が多いのはこういった理由。また、戦国時代には降伏した武士が逆らわないようにするため親指と小指を落とした。これは刀が持てず弓を引けなくするため。「三本指」であれば、農具などはなんとか使用できるため生きることはできるというものだった。患えば労働力ではなくなり忌み嫌われる。隠され山中やシマなど人目のつかない場所でひっそりと暮らしていた。
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風神雷神(ふうじんらいじん):
風神は風を司り、雷神は雷を司る神。 特に風神は古代インドでは生命あるものすべてに福徳を授ける神ということから子孫繁栄を与える神として解釈されている。風神・雷神のルーツは自然現象を神格化した古代インドの精霊的な神であるが、仏教に取り込まれてからは千手観音を守る役割を担っている。
阿吽象(あうんぞう):
寺院の山門の左右に安置した仁王像 (金剛力士) ,また1対の狛犬 (こまいぬ) などのように阿吽の相を表わした像。阿形像の「阿」は宇宙の起源を、吽形像の「吽」は物事の終わりを意味し、2体で世界の始まりと終わりを示しているとされる。 息の合った様子を表す「阿吽の呼吸」と言う言葉は、阿形像と吽形像が由来。
龍虎図(りゅうこず):
雲をよぶ龍と風を起こす虎とを対峙させることは、風雲に遭う覇者の姿として、室町時代中期以降、戦国武将や禅僧の間で好まれた。
菩薩の拳(ぼさつのけん):
人が生まれてきた時に最初にかたどる拳のかたち。菩薩の右手のかたち。
板垣恵介による日本の格闘漫画「グラップラー刃牙」最大トーナメント編、愚地独歩が準々決勝の渋川剛気戦で見せた技。人が生まれた時の形である菩薩の手の形で拳を作り、正拳突きを見舞う。武術の技全てに存在する「殺気」が全く無いため、護身の達人である渋川をもってしても返せない。正拳について「拳の形は本当にこれで正しいのか」と思案しながらまどろんでいた際、反射的に飛んでいた蚊をこの形の拳で叩き潰し「真の正拳」へと開眼した。
木風呂と武士(きぶろとぶし):
高橋信雅の「ジャパニーズグラフィティシリーズ」では定番キャラクター。初期段階からずっと武士は風呂に入り続けている。
三熊(さんくま):
高橋信雅の「ジャパニーズグラフィティシリーズ」では定番キャラクター。三匹のクマのぬいぐるみがはしゃいでいる。初期段階からずっとはしゃいでいる。「三」は日本古来の意味。「熊」は熊野の意味。「伊勢へ七度熊野へ三度」「熊野三山」「三宝荒神」「三輪山」「鏡餅」など。はしゃぐ隠のモノ。矛盾した存在の表現。
伊勢へ七度熊野へ三度(いせへななたびくまのへさんど):
「伊勢神宮(いせじんぐう)」や「熊野三社(くまのさんざん)」へたびたび参ること。信心の深いこと、また、信心はどんなに深くしても限りはないことのたとえ。あとに「愛宕様/山(あたごさん)へは月参り」と続けていう。江戸時代の作家・十返舎一九による「東海道中膝栗毛」に登場する有名な台詞。
熊野三山(くまのさんざん):
「熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)」「熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)」「熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)」の三社を「熊野三山(くまのさんざん)」と呼ぶ。熊野三山は、和歌山県の南東部にそれぞれ20~40㎞の距離を隔てて位置しており「熊野古道(熊野参詣道)中辺路」によって、お互いに結ばれている。三社は個別の自然崇拝に起源を持つが、三社の主祭神を相互に勧請し「熊野三所権現」として信仰されるようになった。
荒神(こうじん):
日本の民間信仰において、地域や台所の神として祀られる神格の一例。荒神信仰は、西日本、特に瀬戸内海沿岸地方で盛んだった。荒神信仰には後述するように大別すると二通りの系統がある。屋内に祀られるいわゆる「三宝(寶)荒神」、屋外の「地荒神」である。屋内の神は、中世の神仏習合に際して修験者や陰陽師などの関与により、火の神や竈の神の荒神信仰に、仏教、修験道の三宝荒神信仰が結びついたものである。地荒神は、山の神、屋敷神、氏神、村落神の性格もあり、集落や同族ごとに樹木や塚のようなものを荒神と呼んでいる場合もあり、また牛馬の守護神、牛荒神の信仰もある。
三宝(寶)荒神(さんぼうこうじん、さんぽうこうじん):
日本特有の仏教における信仰対象の1つ。仏法僧の三宝を守護し、不浄を厭離する佛神。像容は、三面六臂または八面六臂(三面像の頭上に5つの小面を持つ)である。頭髪を逆立てて眼を吊り上げた、暴悪を治罰せんとする慈悲が極まった憤怒の表情を示し、密教の明王像に共通するものがある。インド由来の仏教尊像ではなく、日本仏教の信仰の中で独自に発展した尊像であり、三宝荒神はその代表的なものである。下級僧や陰陽師の類が、財産をもたない出家者の生活の援助をうけやすくするため、三宝荒神に帰依するように説いたことに由来している。不浄や災難を除去する火の神とされることから、最も清浄な場所である竈の神(台所の神)として祭られることが多い。古代より出雲や大和のクニオミ系支族などが信仰した三輪山に祀られる神。俗間の信仰である
宝/寶(たから):
語源は「田から」に有り。国語辞典「大言海」によると『田カラ出ヅル意ニテ穀ヲ本ニ云ヘル語』とある。平安時代初期に書かれた「東大寺諷誦文」の中に『農時ニ農夫ノ終日ニ作リテ一日ノ價ヲ獲』とあるように、昔から日本人は豊穣な大地、ふりそそぐ太陽や雨などの自然が育んだ田畑の恵みこそ、かけがえのない宝物として尊んできた。「漢和大字典」の解字によると「寶」は『宀(かこう)+玉+缶(ほとぎ)+貝(かいのかね)』の会意文字で、玉や土器や財貨などを屋根の下に入れて大切に保存する意を示す。
地荒神(じこうじん):
屋外に屋敷神・同族神・部落神などとして祀る荒神の総称である。 中国地方の山村や、瀬戸内の島々、四国の北西部、九州北部には、樹木とか、大樹の下の塚を荒神と呼んで、同族の株内ごとにまた小集落ごとにこれを祀る例が多い。山の神荒神・ウブスナ荒神・山王荒神といった習合関係を示す名称のほか、地名を冠したものが多い。祭祀の主体によりカブ荒神・部落荒神・総荒神などとも称される。旧家では屋敷かその周辺に屋敷荒神を祀る例があり、同族で祀る場合には塚や石のある森を聖域とみる傾向が強い。部落で祀るものは生活全般を守護する神として山麓に祀られることが多い。樹木の場合は、地主神、作神(さくがみ)であり、牛馬の安全を守るが、甚だ祟りやすいともいう。
荒魂(あらたま、あらみたま)和魂(にきたま、にぎたま、にきみたま、にぎみたま):
神道における概念で、神の霊魂が持つ2つの側面のこと。荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。勇猛果断、義侠強忍等に関する妙用とされる一方、崇神天皇の御代には大物主神の荒魂が災いを引き起こし、疫病によって多数の死者を出している。これに対し、和魂は神の優しく平和的な側面であり、仁愛、謙遜等の妙用とされている。荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、実際別の神名が与えられたり、皇大神宮の正宮と荒祭宮、豊受大神宮の多賀宮といったように、別に祀られていたりすることもある。人々は荒魂と和魂を支えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を執り行ってきた。この神の御魂の二面性が、神道の信仰の源となっている。
和魂はさらに幸魂(さきたま、さきみたま、さちみたま)と奇魂(くしたま、くしみたま)に分けられる(しかしこの四つは並列の存在であるといわれる)。幸魂は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きであり、知識才略、学問、技術を表す。幸魂は「豊」、奇魂は「櫛」と表され、神名や神社名に用いられる。
三輪山(みわやま):
奈良県桜井市にあるなだらかな円錐形の山。三諸山(みもろやま)ともいう。そのほか記紀においては「美和山」「御諸岳」などとも記される。大物主大神を祀る大神神社(大和国一宮、奈良県桜井市)が三輪山の西麓にある。大神神社は三輪山を神体山として扱っており、山を神体として信仰の対象とするため、本殿がない形態となっている。こうした形態は、自然そのものを崇拝するという特徴を持つ古神道の流れに大神神社が属していることを示すとともに、神社がかなり古い時代から存在したことをほのめかしている。三輪山は古代より人々の心の拠り所であった。7世紀後半、白村江の戦いに敗れ近江の大津宮に遷都するとき額田王が詠んだ歌が有名である。「三輪山を しかも隠すか 雲だにも こころあらなむ 隠さふべしや」(『万葉集』巻1‐18)
鏡餅(かがみもち):
お正月に飾る大小の丸いお餅2個をひと重ねにし、その上に橙(だいだい)をのせたモノ。新年の神様である「年神様」の依り代。そもそも一連のお正月行事というのは、新年の神様である「年神様」を家に迎えて・もてなし・見送るための行事。お迎えした年神様の居場所が鏡餅。昔から鏡には神様が宿るとされ、神聖なものとして扱われていた。そのため、お餅を鏡に見立てて「鏡餅」と呼ぶようになった。鏡餅の丸い形は人の魂を表したもの。鏡餅が大小2つ重なっているのは、「月(陰)」と「日(陽)」を表している。年が明け、1月11日の「鏡開き」に、お供えしていた鏡餅(神様)をおろして食す(体の中に入れる)。松の内が15日までという地域では、15日(または20日)に鏡開きをする。
関西等の一部では三段の鏡餅を飾る地域がある。これは「おくど飾り」と言い、火の神様である「荒神様」へのお供物である。竈(かまど)のあるお台所などに祀っている。荒神信仰は瀬戸内地方を中心として盛んだった。
竈(くど):
京都などでは、竈(かまど)そのものを意味し「おくどさん」と呼ぶ。南遠州地方でも、かまど自体をクドと呼んでいた。また、土間など住居の中で、煮炊きを行う空間そのものを意味することもある。山陰地方などでは、煮炊きの設備を「かまど」、空間そのものを「くど」と呼んで区別している地域も存在する。
鏡開き(かがみびらき):
お供えしていた鏡餅を下ろして食べる行事。一家の無病息災を祈願するという意味が込められている。年神様の力が宿った鏡餅をいただくことでその力を授けてもらい、1年の一家の無病息災を願う。鏡餅は刃物厳禁。鏡餅には神様の魂が宿っているため、刃物を使うことは縁起が悪いとされている。切らずに木槌や手などで開く(割るとは言わない)。
松の内(まつのうち):
正月事始めから神様がお帰りになるまでの期間。 松の内の終わりの時期は地域によって異なり、関東や東北、九州地方などは1月7日まで、関西地方は1月15日(小正月)までとする場合が多い。
浮世絵(うきよえ):
日本の江戸時代に発達した色彩豊かな風俗画のこと。昔の日本人が憧れた美人や役者、尊敬した武将、花鳥風月を楽しむことができる。浮世絵の「浮き世」とは「現実」という意味で、16世紀後半に京都の庶民の生活を描いた絵として始まった。浮世絵が大衆文化として多くの人々に広まったのは、江戸時代(1603年〜1867年)。木版画の技術が向上したこと、役者や美しい女性といった身近な題材が描かれるようになったこと、またこの時代に大衆向けの読み物が人々の間で流行したことがきっかけで、そのような読み物にさし絵を描いていた画家たちが、浮世絵の絵師になっていった。
浮世絵には「木版画」(もくはんが)と「肉筆画」(にくひつが)の2つの形式がある。木版画とは、絵師が描いた絵を彫って木版で刷り上げた浮世絵のこと。版面に凸面を持つ版を用いる凸版画の技法が用いられている。木版をひとつ作れば、何百枚も同じ絵を刷ることができる画期的な技術で、日本には奈良時代に中国から伝来し、鎌倉時代・室町時代に仏画などに用いられてきた。それが江戸時代に読本が流行したことで挿絵が描かれるようになり、浮世絵が急速に発展したのである。木版画は「絵師(えし)」「彫師(ほりし)」「摺師(すりし)」が分業して制作した。絵師には、才能あふれる絵心。彫師は、絵師が描いた版下絵を版木に貼ってこれに合わせて忠実に彫る。摺師は彫師が彫った墨版と色版を受け取り、慎重に紙に摺り、完成させる人。このように分業することで、質の高い浮世絵を短期間で大量生産させることができた。木版画は、すべて摺師によって手摺で大量生産された。最初に絵師が立ち会い、摺師が試し刷りを行なう。そうして絵師の希望通りに修正した上で、まず200枚刷った物が「初摺(しょずり)」と呼ばれ、絵師の希望に合わせて刷られるのでかなり質が高い。これに対して、追加して摺るのが「後摺(あとずり)」と呼ばれ、絵師が立ち会わず、版木も劣化するため、初摺よりも質が落ちる場合が多い。一方、肉筆画とは、絵師が自分の手筆で描いたこの世に1枚しかない浮世絵のこと。木版画ではない浮世絵。肉筆画はとても高価で、一般庶民ではたとえ購入したくても買うことができなかった。富裕層が絵師に注文して制作するのが基本で、絵師にとっても肉筆画が売れた方が高収入になったため、肉筆画しか描かない絵師もいたほど。肉筆画を描くことができる絵師は社会的な地位が高かったと言える。肉筆画としては「菱川師宣」の「見返り美人図」や、「葛飾北斎」の「加藤清正公図」「鏡面美人図」などが有名。
名古屋刀剣博物館 名古屋刀剣ワールド「浮世絵の基本」より https://www.meihaku.jp/ukiyoe-basic/ (2024年1月27日 観閲)
百重の塔(ひゃくじゅうのとう):
高橋信雅が「ジャパニーズグラフィティシリーズ」で定義する建築物。将来、重力を克服した際、日本らしい高層建築物は木造であろうという提案。
高橋信雅の描くJAPANESE GRAFFITI series「百重の塔(ひゃくじゅうのとう)」は、2017年「KASHIWA NO HA CAMPUS|KASHIWANOHA T-SITE」の壁画にて登場した。
2023年7月24-26日、松戸にある「株式会社ディッジ」本社7階の本棚に壁画を制作しました。
2023年9月22日、幕張メッセで行われた「TOKYO GAME SHOW 2023」の「株式会社ディッジ」のブースにてライブペインティングを行いました。
「株式会社ディッジ」の2024年カレンダーを「昇龍」にて担当しました。
2024年1月「諭吉ラーメン」のグラフィックとしての展開が開始しました。
Client: D.H Inc.
Location: YUKICHI RAMEN / D.H Inc. / Makuhari Messe
Management: Kenji Tsushima
Art: Nobumasa Takahashi
Photo: Nobumasa Takahashi/Asuka Ohkoshi(DeshiGAL)
Assistant/camera/edit: Asuka Ohkoshi(DeshiGAL)