よく願いが叶うという神社のほとりに大工は住んでいた。大工はいつも仕事にいく前に神社で手を合わせた。「金(きん)じゃ、溢れるばかりのたくさんの金(きん)を蓄えさせてくれ」しかし働けど働けど儲からず「皆は願い事がよく叶うと言うが儂には効かんようじゃ」と愚痴をこぼしながらも毎日精進した。必死に働く性分と人に愛される魅力が人一倍あったため「大工さん、大工さん」と毎日仕事は頂けて、その愛される性分から仕事終わりには味噌やら醤油やら色々と貰って帰った。そのためその日の食い扶持には困らなかった。今日はひもの、昨日は漬物。それでは明日の晩はお茶漬けにでもしようか。そのおかげか体はすこぶる健康で、毎日元気に神社で手を合わせてから仕事に出掛けて行った。その日はお金持ちのお侍さんの家で縁側を直すお仕事だった。「えんやはーどやさー」と掛け声と一緒に木を切っていると床に伏せていた老人が声をかけてきた。「元気でええなあ」大工は最初は気にせず「えんやはーとやさー」「元気でええなあ」「えんやはーとやさー」「元気でええなあ」数回目に「やあ、元気だけが取り得で」と答えると「わしは元気がなくてな」と寂しそうに答えた。すると大工は「お金があってええですなぁ」「わたしはお金がなくて毎日働かなくてはいけません」と汗を拭きながら答えた。「床に伏せては毎日働けるのも羨ましい」老人は答えた。「お金があっても元気がなければ、遊ぶことも働くこともできぬ」と。「ほう、そういうものかな」と大工は思い、そのあと「ふう」と息を吹いてから作業を続けた。するとそこに老人を見舞ってお奉行様がやってきた。「長老、様子はどうかな?」「なかなか芳しくない」二人のやりとりを横目に大工。「彼が羨ましいよ」長老がいうと今度はお奉行様が話しかけてきた。「元気でええなあ」大工はすぐに手を止めて「元気だけが取り柄で」と答えると「秘訣は何かな?」とお奉行様。「特に何かはありません」すると長老が「お金もないらしいぞ」と。「そうか。ははは」とお奉行。これに大工は苦笑い。「いやでも、毎日たらふく飯は食べております」と「ほう、たとえば何かな?そこに元気の秘訣があるかもしれない」長老も床から出て日当たりの良い縁側に出てきてしまった。こうなっては話し相手になるしかない。あきらめて最近食べたものを思い出す「納豆や漬物です」「あとは干物、醤油や味噌なども貰います」「お酒」「鰹節」「豆腐」「先日はふなずしもお土産にいただきました」するとお奉行が腕を捲って「ほうほうそれは考え深い」「先日学者さんに会って話を聞いたのだがそれはハッコウというらしい」「元気の秘訣はそれかもしれんな」長老は「なんですかな?それは」お奉行「大工が答えた食べ物はすべてハッコウしとる」「発酵(ハッコウ)とは目に見えない小さな菌(きん)のはたらきによって食物が変化し、人間にとって有益に作用すること」「ちなみに有害な場合は腐るということらしい」長老「ほうほう」「ということは大工が元気な理由は菌(きん)をたくさん食べているからということか」「いやあ、それはおもしろい」大工は自分の体を不思議そうにみながら尋ねた「わたしの体にその菌(きん)がたくさんいるということですかね?」お奉行は大笑いしながらこう答えた「菌(きん)じゃ、溢れるばかりのたくさんの菌(きん)を蓄えておる」
落話 20230521 高橋信雅